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HOME > 短冊の大きさと模様の変遷

短冊の大きさ

現在の短冊の寸法は、たて1尺2寸(36.4cm)、よこ2寸(6.1cm)。

明治の始めまでの短冊の大きさは決まっていませんでした。それぞれ少しずつ異なっています。たいていは今の短冊よりすこし小さいようです。明治になって現在の大きさをきめました。それが現在の短冊です。

弥富賓水氏の書いたところによると、
「これは明治維新後、宮内省の短冊御用を承っていた京都の山本正春がつくりだしたのがこの寸法だったので、以来これがお手本になってしまったものだが、必ずしもこの寸法が絶対ではない」
とのことです。

歴史の項で後述のとおり、頓阿と為世が申し合わせてつくった短冊は、長さは1尺ですが、幅は1尺8分の白短冊でした。

寸法の変遷は、古今要覧稿、本朝世事談などに詳しい。天皇は、特に長い短冊を用いられたらしく、本朝世事談に、三条西実枝が定めたとして、宸翰は長さ1尺8分、幅2寸とあります。


紙(模様)の移り変わり

短冊がうまれたころの紙は、上述のとおり、いわゆる杉原紙、白短冊の簡素なものでした。

頓阿法師や兼好法師、二条為世などはみなこれを用いています。
後宇多天皇の宸筆短冊も同様で、光明天皇、足利尊氏など、同様な白短冊です。

これにつづくもっとも古い短冊の模様は、打雲の短冊です。

白短冊から一転してこの模様に辿り着いたのは、後円融帝(応安-永徳)前後のようです。白短冊の時代は、50年程つづいたことになります。

打雲短冊が出現した頃には、紙の方も鳥の子紙なども発生しました。

雲形ですが、上の雲は青雲で天を象徴し、下の雲は赤または褐色で地をなぞらえたもの、雲形の模様の内面がぼかされているので内雲りとよばれたもののようです。
古い短冊ほど、この雲の幅が薄く、上と下との雲の間隔が多く開いているが、後世になるにつれてその幅が厚くなり、の上下の雲も互いに接近してきています。

そのうちに天神雲、飛雲(とびくも)なども現れ、雲が上下以外にも浮遊するようになります。

室町時代の末には、金泥・銀泥で簡略な下絵を描いた短冊が用いられました。
桃山時代には華麗な装飾をほどこしたり、美しい下絵を描いたりした短冊が用いられました。
その後は、また簡素な短冊を用いました。


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